気仙沼 小泉地区にて

タナカミサト

2011年12月28日 23:30








年末年始のどこかで、気仙沼にいきたいなーと思っていたところ



浜松発のこどもたちと行く気仙沼クリスマスツアーがあると聞きつけたので

出発当日にバスに乗せてもらうことを決め、行ってきました!














その時の様子をご紹介しますね。









 





浜松から三ヶ日みかん、うなぎパイを携えてきました!














こども達も小泉地区のみなさんに喜んでもらうため、がんばります。



私は、小学生たちが書いてくれたクリスマスカードをもって仮設住宅をまわってきました。












「ちょっとあがってけぇー」と、みかんを持ってきてくれ

写真で津波の様子や震災以前の状況を説明してくれる自治会長さん。













この地区では、津波によって500世帯が流されてしまいました。

9ヶ月たった今、ようやくここまで瓦礫が片付いたところです。












線路もこの状況。

この地区は、民間のボランティアの手によって作業が進められています。












木が茶色くなっているのは、津波がここまで来たという証拠。

塩害によって、杉の木が枯れてしまっています。



作物も育たないと言われていますが、

先日この写真の小さな小屋のところで、

一人のおじいさんがせっせと育ててきたホウレンソウができたそうです。



たくさんの人に反対されながらも、続けてきた彼の強い意思が奇跡を起こしたのでしょう。












ここは、サーファーの聖地とも言われていたきれいな海岸があったそうです。



小泉地区は、海も山も川もあって、本当に素敵な場所だったんだと思います。

地域の方々も本当にいい方ばかりでした。



約200人の方が高台にある小学校に避難されていたそうですが、

現在では7つの仮設住宅に分けられてしまっています。



コミュニティが強制的に分断されてしまうことによって

話し相手がいなくなってしまって孤独化してしまうお年寄りがでてきたり

仮設住宅ごとの格差ができて不満が爆発したりと、問題がたくさん発生します。





そんな問題を少しでも解決できるよう

一カ所にあつまれる場所として、このドームハウスが建てられました。





そこの仕掛人のネットワーク宮城の阿部さんとの1枚。




ネットワーク宮城

http://network-miyagi.org/












現在は高台に集団移転する計画も住民主動で行われているようです。




小泉地区 明日を考える会

http://www.saiseikoizumi.com/












同じ被災地でも、地域によって状況が本当に異なります。



こうして地域に根付いて、地域の方と共に歩むスタイルが

復興支援の理想の形なのではないか、と実感しました。



ただ自己満足で終わってしまうようなボランティアや

上辺だけの支援がたくさんあると感じる中で



こうして被災者の意見や状況を常に把握し、いま何をするべきなのか、次に何が必要なのか

真剣に考えて動いている人と会い、話を聞く事ができて

私達がするべきことを再び考え直すことができました。







阿部さん、東海トラベル小端さん、長谷さん

快くツアーに受け入れてくださった皆様、ありがとうございました!











関連記事